水やりの記録

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宮坂靖子編著『ケアと家族愛を問う―日本・中国・デンマークの国際比較』

 

  • 日本における家事・育児といったケアと家族愛の結びつき=愛情規範の存在が性別役割分業を存続させる要因ではないのかという仮説のもと、こうした愛情規範についての国際比較を行い、「ケアと親密な関係性はどのようにしたら両立可能か」を検討しています。
  • 調査対象は日本・中国・デンマークの3か国。インタビュー調査(母親、デンマークのみ父親も)と質問紙調査(大学生、母親)を実施。
  • 第1章での日本・中国・デンマークの若者のケア意識の比較で、中国の若者の結婚・出産意欲が低い一方、親に対する自身の介護役割の認識が高いことが印象的でした。まさに強すぎる家族主義が少子化を招く、という状況。
  • 第2章ではデンマークカップルの共働き実践の様子が描かれていました。両立を巡って対立しながらもどちらか一方にケア役割を一任するという発想にならない理由として、相手をリスペクトする姿勢と、親が仕事や自身の楽しみから刺激を得ることで子どもにいい愛情を注げるという考え方があるとのこと。母親側のインタビューだったので、父親側の意見も聞いてみたいと感じました。
  • 第3章の中国都市部の育児の変遷は興味深かったです。1950~80年代に社会主義下で男女平等が進み、子どもは放任が基本だったものの、一人っ子政策と都市化により子ども中心主義が広まり、女性に「よい母」であることが求められるように。さらに2000年代になると精緻化育児が流行して育児コストが高騰する一方で、「スーパーママ」があこがれの存在になっていったとのこと。また、現代の母親たちは、自立を目指した教育を受けつつも、高騰する育児コストを受けて専業主婦化が進んでおり、2つの価値観の間で葛藤しているという指摘は、日本にも当てはまりそうだと思いました。
  • 第6章では、本書の主題でもある「妻は子どもが小さいうちに仕事をしないほうがいい」という専業母規範と「家事をするのは家族に愛情があるからだ」という家事=愛情規範を検討。デンマークでは家事とケアを分節化し、家事は生活のためにやるもの、愛情と結びつくのはケアとすることで脱近代家族を達成したのに対し、日本は家事を「母の手」ですることが愛情であるという規範が根強く、家事・育児負担が母親に偏るとともに、育児サポートが少ないことが育児満足度の低さに結びついているとの指摘がなされています。
  • ただ、この「母の手」規範については、もちろんそうした面もあるでしょうが、一方で「家事労働は無償のもの」(だから外部の資源を使うのはもったいない)という意識も根強いように思います。中国でも家事=愛情規範は強いという結果でしたが、それでも育児のうち身体的ケアを外部に委ねることには積極的とのことで、このあたり愛情だけでなく何をコストとみなすかという点での差が生まれているようにも思いました。
  • 日本においても家族主義を脱するためにはケアの分節化や専業母規範から抜け出すことが必要という主張は完全に同意ですが、こういった根強い意識を変えるにはどうすればよいか、という点はなかなか難しいですね。